香川支部三本松分会、中川 義博さん
~東かがわ市天女画像と格天井画~
我が故郷に地方で稀有な天女画像や格天井画を有す西光寺が鎮座。四国霊場でも第11番・藤井寺本堂の龍図、第77番・岩本寺本堂の格天井画など限られた寺院だけである。
高徳線・讚岐相生駅が最寄り、瀬戸内海に沿い国道1号線が並列。讃岐(香川)と阿波 (徳島)の国境に位置、この間に難所の大坂峠、麓に馬宿や坂元の地名が存続。往時は本州から淡路島を経て鳴門海峡を渡り四国路へ、南海道の呼称が山門前の旧道に伝う。
大坂峠を往来の文人墨客が麓の寺院で逗留も忖度され、双璧の古刹が南北に並び建つ。
およそ八百年むかし、平家追討の源氏が南側の東海寺、大将の義経は北側の西光寺で宿営、住職と束の間の囲碁で癒したと伝承。
さて天井画とは寺院の天井に描く絵画、西光寺本堂に江戸時代末期に描いたと伝う、極彩色の天女画像 (飛天図)と格天井画や襖絵が異彩を放つ。世界遺産の平等院鳳凰堂(宇治) を彷彿とする天女画像を、我が故郷で拝観出来る土地柄が興味深い。
およそ寺院の天女画は木造建築の特性上、 創建当初のまま残らない場合が多く、発端も定かでない。しかし安土桃山時代(1573~ 1603)以降、極彩色や水墨で寺院の天井を装飾する風潮が生じたようである。
図柄は水墨画による雲龍や鳳凰、鶴・亀・ 孔雀など未来永劫の繁栄を願うものが多い。 西光寺の天女画像と格天井画や襖絵は、作者不明も作製時期は寺伝に基づき本堂再々建の文政年間(1818~1831)と推測。
北向き本堂内部の装飾は、手前の外陣と一段高い内陣に分別。内陣中央に御本尊·阿弥陀如来像を祀る厨子を安置、両余間天井に極彩色の天女画像が描かれ、禁断の聖域で左右の襖に極彩色の鶴と牡丹図が目を奪う。
一方で外陣の格天井画は植物が題材で、単体もしくは掛け合わせた梁の一枡ずつ板部分に、201種の花鳥図が極彩色の美しい絵で散りばめられている。一部不明な部分もあるが保存状態が良く、描かれた植物も外来種が少なく名称も総じて判明。
花は鑑賞用と薬用植物が多く、当時の人々が随所で見かけたものであろう。しかし格天井画番号8番・アサザや、第8番・ミズアオ 6 イは珍重、現在当地に野生として残っておらず、昔は各地で存在と思われる。 第110番・クマガイソウも、かつて県内東地区で見られたが現在は残っていない。
植物を通じ非殺生、自然と共生を甘受する一つの思想を表す教材か。天井画として後世の人々へ活用の背景、植物選びと描き方など、「仏教芸術の最も崇高な部分」と称賛されるようだ。植物を眺め仏心を宿し、浄土の世界を夢見たものであろう。
先人の残された西光寺の天女画像や格天井画と襖絵など、地域の歴史的遺産と貴重な文 化財から、後世へ伝承の責務が伴っている。
〇スライドショー
高徳線・讚岐相生駅が最寄り、瀬戸内海に沿い国道1号線が並列。讃岐(香川)と阿波 (徳島)の国境に位置、この間に難所の大坂峠、麓に馬宿や坂元の地名が存続。往時は本州から淡路島を経て鳴門海峡を渡り四国路へ、南海道の呼称が山門前の旧道に伝う。
大坂峠を往来の文人墨客が麓の寺院で逗留も忖度され、双璧の古刹が南北に並び建つ。
およそ八百年むかし、平家追討の源氏が南側の東海寺、大将の義経は北側の西光寺で宿営、住職と束の間の囲碁で癒したと伝承。
さて天井画とは寺院の天井に描く絵画、西光寺本堂に江戸時代末期に描いたと伝う、極彩色の天女画像 (飛天図)と格天井画や襖絵が異彩を放つ。世界遺産の平等院鳳凰堂(宇治) を彷彿とする天女画像を、我が故郷で拝観出来る土地柄が興味深い。
およそ寺院の天女画は木造建築の特性上、 創建当初のまま残らない場合が多く、発端も定かでない。しかし安土桃山時代(1573~ 1603)以降、極彩色や水墨で寺院の天井を装飾する風潮が生じたようである。
図柄は水墨画による雲龍や鳳凰、鶴・亀・ 孔雀など未来永劫の繁栄を願うものが多い。 西光寺の天女画像と格天井画や襖絵は、作者不明も作製時期は寺伝に基づき本堂再々建の文政年間(1818~1831)と推測。
北向き本堂内部の装飾は、手前の外陣と一段高い内陣に分別。内陣中央に御本尊·阿弥陀如来像を祀る厨子を安置、両余間天井に極彩色の天女画像が描かれ、禁断の聖域で左右の襖に極彩色の鶴と牡丹図が目を奪う。
一方で外陣の格天井画は植物が題材で、単体もしくは掛け合わせた梁の一枡ずつ板部分に、201種の花鳥図が極彩色の美しい絵で散りばめられている。一部不明な部分もあるが保存状態が良く、描かれた植物も外来種が少なく名称も総じて判明。
花は鑑賞用と薬用植物が多く、当時の人々が随所で見かけたものであろう。しかし格天井画番号8番・アサザや、第8番・ミズアオ 6 イは珍重、現在当地に野生として残っておらず、昔は各地で存在と思われる。 第110番・クマガイソウも、かつて県内東地区で見られたが現在は残っていない。
植物を通じ非殺生、自然と共生を甘受する一つの思想を表す教材か。天井画として後世の人々へ活用の背景、植物選びと描き方など、「仏教芸術の最も崇高な部分」と称賛されるようだ。植物を眺め仏心を宿し、浄土の世界を夢見たものであろう。
先人の残された西光寺の天女画像や格天井画と襖絵など、地域の歴史的遺産と貴重な文 化財から、後世へ伝承の責務が伴っている。
〇スライドショー
御本尊に向かって左側内陣禁断の左側。天女画像(飛天図)
御本尊に向かって左側内陣禁断の左側。天女画像(飛天図)
御本尊に向かって左側内陣禁断の左側。天女画像(飛天図)
御本尊に向かって右側、内陣禁断の右側
御本尊に向かって右側、内陣禁断の右側
格天井画
格天井画
格天井画
内陣左右の襖絵
内陣左右の襖絵
内陣左右の襖絵
